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2007/02/27

古民家のたのしみ・その2

 この資料館には古民家の展示に加えて、江戸時代の会津の宿場町の様子なども説明されています。
 面白いなぁーーーと思ったのが、当時の荷を運ぶ方法です。当時の全国の宿場には正式に登録された馬方が何人も居り、荷物は宿から宿へのリレー方式で運ばれていったそう(馬継方式)なのですが、ここ会津西街道だけは別の方式も存在していたそうです。
 それは自分の所有する馬6頭以内なら、自由に荷物を引き受けて運ぶことが出来たそうです。これを中付駑者(なかつけどしゃ)と呼び、宿場ごとの馬の交換が無いため荷の痛みが少なく時間もかからないことから大変人気だったそうです。
 ちょうど現代の○○ネコヤマトと郵便局のようですね。
 私は実家のある関西・息子と暮らす千葉・おとーさんの居る郡山を動くことが多いのですが、その時によく宅配便を使います。いつもどこの会社を使うとかは決めていないのですが、私の体験からだけ言いますと「やっぱりヤマト運輸の宅急便が一番早く、正確だなぁーー」と思うことが多い。クロ○○の場合大体午後4時ごろまでにコンビニエンスに持っていくと、確実に翌日には家に着いています。これがゆ○パックだとなかなかそうはいきません。
 今回も郡山から週末に帰るおとーさんの荷物と私の荷物、ふたつを一緒に同時に同じコンビニに持ち込みました。そこではゆ○パックしか扱っていなかったのですが、案の定翌日ちゃんと千葉の家に着いたのは一個だけ。なぜ一緒に持ってこなかったのか?荷物の大きさが違うから?よくわかりませんが。
 江戸時代も馬方たちと中付駑者の争いは絶えなかったそうで、1755年に双方が話し合って中付業者の扱う品目などが細かく規定されたという文献が残っています。ヤマト運輸とローソンの訴訟問題は記憶に新しいところですが、昔も今も「お客さまのことを一番に考える商売が強い」ことは確かで、江戸時代も最終的には馬継方式は廃れたそうです。さて現代の陸運は、どちらに軍配があがりますことやら。
 「染屋」の建物もびっくりしたのですが、この「三匹の子豚」に出てきそうな粗末な藁葺きの小屋、何のためのものかおわかりですか?実はこれは木の椀・盆などを作る職人(木地師)の作業場で「木地小屋」と呼ばれています。
 中には作業途中のお椀の原型?が大量に積み上げられていました。普段何気なく使っている食器が、こうやってできるのだと思うとなかなか興味深いです。

 元来木地師とはトチ・ブナ・ケヤキ等の木を伐り、それから椀形をとり、それを椀・盆その他日常雑器に仕立てる人たちの総称で、彼らは身近にそういう木材がなくなると移動して行ったらしいです。それ故木地小屋はこんなに簡単な作りになっているのか?はよく判りませんでしたが・・・・
 この奧会津民俗資料館の古民家にも、やっぱり大根が干してあってほほえましかったのですが、その隣にある新聞紙に包んだものは何でしょうねぇ?凍りどうふかな?と思ったのですが。
 


 資料館のお隣は「会津山村道場」になっています。昭和12年に開かれ、当初は農業経営や技術を教え、若い農業後継者を育てるために全国に41か所ほど設置されていたそうですが、だんだんと様変わりを余儀なくされていきます。今ではその建築遺構が現存しているものはほとんどないらしいですが、ここ奧会津の道場は非常に良いコンディションで残っています。
 内部には入れなかったのですが、まるで宮沢賢治の時代の学校です。今にもひょこっと物陰から、賢治先生が堀りたての大根を抱えて現れそうです。敷地内にはコテージなどもたくさん建てられていますので、福島県内外の学校の夏の合宿などには最適ですネ。
 私は大学時代「能楽研究部」に所属していたのですが、能や仕舞を練習するためには8畳程度の空いた部屋が少なくとも4・5個必要なので、なかなか合宿の場所が見つかりませんでした(そういう意味でいつも高野山のお寺を選ぶことが多かったです)。ここなら思い切って練習できそうですね♪
 雪のほとんど降らない瀬戸内地方に生まれ育って、今は暖かい千葉の都市部に暮らしていて、雪のある暮らしをほとんどしたことがありません。たまにこういうところに来ると、とってもおどろくことがあります。
 今回は道端を流れる水路にびっくり、こんなに雪が積もっていると埋もれてしまうんですネ・・・・これは下に水路があると気が付かないで踏み抜いてしまうこともあるでしょうねぇ・・・お気づきになったかとも思いますが、このブログのプロフィールの写真をご覧下さい。おとーさんと私が道の端に開いている穴を見てびっくりしています。雪国ではこんなこと日常茶飯事なんでしょうけどねぇ。
 楽しかった奧会津民俗資料館も、だんだん日が傾いてきました。早く湯野上温泉へ行かないと道路が凍結し始めてしまう・・・・ということで名残惜しいけど会津田島の町を後にしました。
 この田島の町には他にいっぱい行きたいところがあります。ネットで調べると、古民家を改造して自宅に建て替え、都会から移り住んでいるかたもいっぱいいらっしゃいますね。私はときどきDASH村を見てるだけですが・・・・次はぜひ夏に訪れてみたいです。
 次回はもっと標高の高い場所へ行って見ます。今年最後?大量の雪とそして同じ日本とはとても思えない、素敵な外国?へみなさんをご案内いたします♪
 民俗資料館に置いてあったスノーシュー、TAKEさんのブログで前に見かけていて「あっ、かんじき!」と思ったのですが(笑)、今ではこんなにハイカラな器具があるのですね~きっと資料館の職員さんが使うのだろうなぁーーーーと思いました。
 ちょっと履いて見たかった、でもきっと次の日は筋肉痛で大変なことに!(^_^;)

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2007/02/25

古民家のたのしみ・その1

 少し時間を遡りまして・・・・
 大内宿の雪祭りが当初の予定どおり?不発だったため、私たちはより沢山の雪を求めて南下していきました。最初に思い出したのは南会津町の舘岩村のことです。二年前に尾瀬に行った帰りに寄った舘岩は、大内宿よりのんびりした「山間の村」という感じだったので「ひょっとしたら・・・・」という期待も膨らみます。
 途中大川(阿賀川)がR121の横を流れていきます・・・・新潟の偏遊人さんのおっしゃるとおり、この川はビュースポットが多くしかも大変美しい川です。河原に積もった雪は例年よりずいぶん少なそうですが、それもまた「春先の南会津」という感じでいいですねぇ(^^ゞ
 ここ南会津町は2006年(平成18年)3月20日 - 田島町・舘岩村・伊南村・南郷村が合併して出来たすごく新しい町です。中心は会津鉄道の通る会津田島の町。すぐそばには「尾瀬」で有名な檜枝岐村もあります。私はこの辺りの景色が大好きです。
 R121をドライブしていたら、おとーさんが目ざとく「奧会津地方歴史民俗資料館」という指示を見つけました。よくわからないけど何となくワクワクして、行き先を変更して行ってみることにしました。
 ちゃんとした資料館もあるのですが、わたしたちはその庭に移築されている会津の民家群を見つけて大歓声を上げました・・・・・
 実際に南会津に少し前まで建っていた古民家の数々です、ちょうど天気も良くなってきて山々が綺麗に見えます。
 これは猪股家住宅、典型的な会津の農民の住宅です。
 中に入って驚きました・・・畳の部屋はまったく無く、板敷きの間が二間と土間だけです。説明によると住人は土間にむしろを敷いて寝起きしていたそうです。
 当時会津では耕作面積に応じて家の大きさに制限があったそうで、床の間も縁側もありません。「家」というよりも「農作業所」という感じで、貧農の暮らしの貧しさと過酷な生活をうかがい知ることが出来ます。
 うって変わってこちらは豪邸です。旅人の宿泊所として使われていた「山王茶屋」を移築したもので、先ほどの猪股家とは大きさも規模も違います。
  山王茶屋の内部です。この家はいわゆる「本陣」としての機能も兼ね備えていたようで、一般の町人・百姓の出入り口と武士の出入り口が別々に設けられています。二階もあるすごい邸宅です。
 おそらく右前の出っ張ったところが武士の入口、左の土間前にあるのが一般の入口なんでしょうねぇ。
 今まで「房総の村」などで古民家をいくつも見ましたが、今回初めてだったのがこの「杉本家住宅」、「染屋」として使われていた建物です。昔はこのあたりではどこの家でも麻を作り、機で織って染屋に持って行って染めてもらったそうです。
 特にこの田島の染屋には特別の役割があったそうです。それは夏の祇園祭(なんとここ田島には夏に祇園祭が開催されるのです)の裃を染めるという仕事です。本当に歴史のある地域なんですねぇ。
 染屋の内部から暖簾越しに外を撮りました。おとーさんが手持ち無沙汰げに、外で待ってくれています。白い雪が美しい・・・
 今回はまたしてもかなりマニアックな記事になってしまいました。大内宿に残って雪祭りのイベントを撮るか?それとも他へ行くか?かなり迷いました。しかし雪の無いこともありますが、大内宿はすでにかなり俗化してしまっていて(物価も驚くほど高いです)、私はあまり撮りたくなかった・・・・特に観光客がいっぱいですからね。
 この資料館は大変気に入りました。とにかく誰もいない!(お客はおとーさんと私だけでした)入園料が安い。(一般300円)どの古民家も現在でも使用されていて、例えばこの染屋では毎月「ハンカチの染付け」などの講習が行われているそうです。うーーん、家が近かったら絶対に参加したいです。
 次回は会津ならではの古民家のご紹介と、その他もろもろーーーーとなります。どうぞよろしくお願いいたします。

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2007/02/23

大内宿の雪祭り・その2

 今回は会津のたべもの満載の「おいしい日記」です。いやーこういうのもたまにはお許しいただいて、と。
 まずは一日目のお昼、大内宿で頂いた十割蕎麦です。ご存知のことと思いますが、この「十割」というのはそば粉が十割(つまり小麦粉や他の粉は一切使っていない)ということです。蕎麦の香りがぷんぷんとしますが、聴いた話によると十割の蕎麦は打ち方が大変難しく、下手だと湯がいたときにぷつぷつ切れてしまうーーーそうな。
 薬味は大根おろしと刻みネギ。最初におかみさん(推定年齢70歳)が「大根は辛いほう?普通の?」と聴かれたので「???」
 どうやらここ南会津には二種類の大根があるのだそうです。珍しいので「辛み大根」のほうを注文してしまいました。
 こちらは「お茶請けに」と持ってきてくださった、風呂吹き大根と蕗の煮物。美味しい(*^_^*)
 話を元に戻しまして、この辛み大根、本当にピリッとしていて風味豊かです。家に戻ってからネットで調べたのですが、元々は伊那・高遠の特産品だそうです。前々回のブログでご紹介した保科正之、彼は徳川家康の実孫でありながら認知されず辛酸をなめる生い立ちでした。ようやく7歳のときに当時の高遠城主・保科正光(3万石)の養子になりますが、その後三代将軍・家光のとりたてもあって、会津23万石の大大名になります。
 正之にとって少年・青春時代を過ごした高遠の産物は「おふくろの味」、会津にも色々なものを持ち込んでいるのですが、代表的なものが蕎麦(正之は大の蕎麦好きだったらしい)、そして辛み大根(ちなみに会津ではこの大根は「タカド(=高遠)」と呼ばれています)です。
 この辛み大根をめぐるお話が先日福島テレビで放送されていたらしく(残念ながら関東では放送されなかったのですが)、ご興味のあるかたはこちらのサイトをご覧下さい。
 おかみさんがまたしても持ってきてくださった「青大豆の煮物」これまた甘くて(砂糖は使っていないのに)美味しい~!(*^^)v
 私たちがまるで親戚の家に来た様に、炉辺でくつろいで喰ったりしゃべったりしていますと、奧からおかみさんの孫?らしきお嬢ちゃんが・・・・「誰だろう?」っていう好奇心満々の顔つきですよね。「こっちおいで」と呼びかけたら、恥ずかしそうに逃げちゃいました。
 保科正之は先の山川兄弟の次くらいに、私にとっては興味深々の人物です。高潔な人柄・高い教養・時代を先読みする能力、やっぱり若いうちの苦労は身を助けますね。
ところでこの保科正之、東京都民とは切っても切れない玉川上水の産みの親でもあります。彼は後に家光の死後、次の将軍・家綱の後見役として幕府の重臣となり、その卓抜した才能を発揮しています。(ウィキペディア)朱子学の信奉者、というのはちょっといただけないのですが・・・(ーー;)だって完全な「男尊女卑思想」だもんね。
 大内宿のなかをぶらぶら、買い物などをしていましたら今度は甘いものを食べたくなってきました(「おいおい、いったいどれだけ喰うの?」って言われそう・・・)
 一軒の軒先に座って、とち餅を注文。おとーさんと半分づつ頂きました。香ばしい香りがして、最高!
 ところでこのとき私は生まれてはじめての経験をしてしまいました。大口を開けて食べていたら、ひとりのカメラマンに「奥さん、すみませんがモデルになってください!」と頼まれてしまったのです・・・・人を撮ることは山ほどあった私ですが、正直なんで私がモデル???よっぽど美味しそうに食べてたんだろうなぁ・・・(ちなみに5カットくらい撮られました(ーー;))
 もしどこかの展覧会に大口を開けて食べてる私が出ているかとおもうと・・・・うひゃあ、穴を掘って隠れたい。
 このあと実はもっと雪の多い場所を求めて、南会津をドライブしました。大変すばらしい場所を発見したのですが、記事が多いためにそれは次回・次々回に分けておとどけします。
 ということで時は夕刻、湯野上温泉に無事帰還いたしました。
 こちらがその日泊った、民宿「会津野」さんです。鄙びた建物でしょう・・・・萱葺きの古民家を民宿に改造されているのです。奥さんもとても雰囲気のある方ですが、大好きなのがおばあちゃん!料理一切を現役でこなしておられていて大変な美人(元?)、本当に写真を撮らせていただきたかった・・・
 私たちの部屋は向かって左側の二階、黄色い服を着た人物がこちらを向いてるでしょう?そこです(実はそれがおとーさん)。
 
少し早めに宿に着いた私たちです。お昼にあれほど食べたのに、もう夕方6時ごろにはおなかがぐーぐー鳴り出しました。
 一階の大広間に行ってみると、すでに囲炉裏の中には岩魚が立てて焼かれており、美味しそうな香りが立ち上っていました。
 岩魚は遠火でじっくり焼き上げなくては、美味しくならないそうですね。おそらく何時間も前から準備してくださっていたのでしょうねぇ・・・・
 ご主人が岩魚を皿に並べておられます。軍手を嵌めて、串から魚を引き抜くのは大変そう・・・・
 広間にそろそろ他のお客様たちも、集まって来られました。
 こんな風流な宿だから、私たちのような中年の旅行者が多いのかな?と思っていましたが、半分以上が若いカップルやグループでした。民宿だからお値段が大変お安く一泊二食付きで8500円(私たちの部屋は最上?ということで、普通部屋なら7500円)というのも、魅力なのかも知れません。
 その割りに夕食は大変豪華、向こう側のは岩魚の甘露煮、手前左が山菜のてんぷら、右が会津地方独特の汁物「こづゆ」(しいたけや人参、根菜類がたっぷり入っています)です。鮎の甘露煮は独特の苔くささ?(そこが美味しいのだけど)がありますが、岩魚の甘露煮はまったくクセがありません。
 その他にも小さな鍋(地鶏と山菜入り)も付きます。
 しかし一番驚ろかされたのが、この「岩魚の刺身」でしょう。私は今まで食べたことがありませんでした。
 甘露煮同様、淡白でしかも歯ごたえが良く、しかも脂分が大変少ないーーー大変美味しいお刺身です。泥臭さなんてまったくありません・・・・何よりびっくりしたのが、その切り身の大きさと厚さ。岩魚って川魚でしょう?小さいものを想像していましたから、こんなにお肉が多いとは・・・・おそらく特大の岩魚をさばいておられるのだと思いますが。本当に美味しいお刺身でした。
 先ほどご主人が皿に盛り付けてくださった、岩魚の塩焼きです。こちらは観光地などで何度か食べてる「安心の味」(*^_^*)、でも売っているのはけっこうお高いですよね、ひと串600円~800円くらいします。でも頭からがぶっと噛みつけて、尻尾まで残さずに丸ごと完食。大変おいしゅうございました。
 本当は「岩魚の骨酒」というのもあって、注文しようかどうか迷いました。しかしあまりの料理の多さに完敗でございます。
 部屋に戻ってしばらくおなかが落ち着くまで、寝そべっていた私たちです・・・・
 もちろんここは湯野上温泉、、お風呂に入らないわけには参りません。内風呂ですがゆったりとしたお風呂に浸かりながら、一日のアカを落とす・・・・最高のくつろぎです。温泉の質は単純泉ですから無色透明、少し熱めのお湯です。
 お部屋には暖かいストーブと大きなコタツは用意されていますが、そのほかにはパソコンはおろかテレビもラジオもありません。おしゃべりするか本を読むか温泉に入るか・・・・やることがあまり無いのです。もちろん廊下にはご主人のものか?大量の蔵書がありますので、それを読んで旅の英気を養う。。。。ことも出来ます。
 正直こんなに何もしない夜は久しぶりでした。たまにはこういう旅も、静かでいいですねぇ・・・・外は漆黒の闇、粉雪も舞い散る南会津の夜は静かに更けてゆくのでした。
 というわけで次回は超穴場?誰も知らない南会津の魅力を満載で、お届けいたします・・・・

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2007/02/21

大内宿の雪祭り・その1

 湯野上温泉駅でひと息ついた後、私たちは大内宿を目指しました。ここ大内宿は会津西街道に面した宿場町、その昔は越後へ行く人・日光や江戸へ行く人や荷物が行き交った繁華街でした。ところが明治17年にR121が大川沿いに建設されて大内宿の前を通らなくなってしまったため(前回の地図を参照ください)、ほとんどの家が昔のままの藁葺き屋根のすがたで現在まで残されているのです。
 とはいえちゃんと家の内部では人が暮らし、昨今の観光ブームにのって今では国内旅行を楽しむ人には大変有名なスポットになってしまいました。都内から福島方面へ行く観光バスは、よく大内宿にも立ち寄るようです。
 現在の大内宿の経済の大半はは観光客めあての商売(お蕎麦屋、人形屋、乾物商、民宿など)で成り立っています。もちろん農作業もやっておられるようですが・・・・
 夏の半夏(はんげ)祭とこの雪祭りが大内宿のかきいれ時、首都圏からも大量の観光客がやってきますから、例年盛大にやっておられるようなのですが・・・・
 今年は本当に雪が少ない、昨年までの写真などを見ると、わら屋根がまるで花嫁さんの角隠しのようですが、今年は屋根の前面に申し訳程度に乗っているだけ・・・
 それでも雪をかき集めて?ちゃんと立派なかまくらも作られていました。けっこう大きいものですよ♪
 



 かまくらの内部です。最奧に神さまを祭ってあり、両側にはそれぞれ5,6人が座れるようになっています。この中でお汁粉や甘酒を・・・・と思っていたら残念、「今年は暖冬なので、崩壊する危険があって、かまくらは極力使わないように」という張り紙がしてありました。うーーん、なんとももったいないですねぇ。
 




 一応北側の寒い部分にはつららも付くようです。しかし今年はとにかく暖かい。この日も寒かったのは最初だけで、そのうち日差しが出てきてこのつららも落ちてしまいました。
 




 集会所ではお年寄りの方々が集まって、何かしておられます。見ると赤や緑のお餅の玉を作っているのです。これは「団子」と呼ばれています。
 出来上がった団子はこうやって枝に付けて、家々の軒に飾るのです。これには五穀豊穣や商売繁盛の願いがこめられているとか。ちなみに同じ南会津でも南郷町では(ここは下郷)玄関先だけに飾るそうですが、大内宿では玄関やおトイレや家の中にも飾られていました。
 大内宿を歩いていると、軒先に白いものがずらっと吊り下げられているのに嫌でも目が留まります。「いったいこれは何?」とよく見ると、なーんと大根を細長く切ったものではありませんか!雪深い会津では冬の間大根をこうやって干して、乾いたものを保存しておいて煮物にするそうです。
 実は私、去年郡山のお隣、三春の滝桜付近の農家の店先で同じものを購入したんですよ。ただ、形が違っていてあちらは円形でした。
 で、家で煮物にしてみたのですが・・・・あはは戻し方が難しいですねぇ。これはしっかりコツを聴いておくべきでした。
 こちらの茶色のが「ほぼ完成形」だと思います。切干大根は知っていましたが、もっと太くてシワシワです・・・昔の人の知恵は本当にすごいですね。こうやって干すことによって「冬場野菜不足になりがち」な食卓を潤し、しかもビタミン類も増えるわけですからね。
 出来上がった干し大根(こちらでは「凍み大根」と呼ばれているようです)などは倉庫に保管されます。これは一軒のお酒屋さんの保管庫、ちょっと覗かせていただきました・・・
 ここで若干おなかが空いてきました・・・一軒のお蕎麦屋さんに入ってちょっと早めのお昼ごはんを頂くことになりました。次回「大内宿のお昼ご飯」と湯野上温泉のお夕食です。ようやく「おいしい日記」というタイトルにふさわしい記事になりそうです♪
 大内宿でお蕎麦を食べながら、何気なく携帯電話を見ていると・・・・あれっ?私のFOMAの携帯(左)は圏外になってしまっているのに、おとーさんのMOVAの携帯(右)はしっかりアンテナ二本立ち上がっています。いやぁやっぱりこういう山間部ではFOMAはダメですね~
 しかし面白いのはお互い東北の観光地が「待ちうけ画面」になってること。ちなみに私のは先日行った会津・鶴ヶ城の天守閣、おとーさんはこの前行ったと話していた岩手の大沢温泉。うーん趣味が丸判りですなぁ(ーー;)

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2007/02/19

冬の旅・南会津へ

 今回の旅行の目的は会津・大内宿の「雪祭り」です。これは毎年2月の第一土日に行われるお祭で、今年は2月10日・11日に開催されることになっていました。
 実は我々夫婦は今まで冬旅行することは滅多にありませんでした。というのもふたりともドライブが好きなので、雪が積もっている場合非常に危険を伴うからです。しかし今回はさすがの雪深い会津も暖冬、ということで思い切って郡山から車で出かけました。
 行き先は南会津・泊るのは下郷村の湯野上温泉です。
(尚この地図はweb上からとったものなので、クリック・ドラッグは出来ません、すみません)
 郡山から磐越道で会津若松まで行き、そこからは国道118号をひたすら南下します。この道は「会津西街道」とも呼ばれていて、昔は会津と日光を結ぶ重要な道でした。両側に点在する屋敷も、とても大きなものが多い・・・・「昔はきっと萱葺きだっただろうなぁ」と思う家がたくさんあります。この道は会津藩祖・保科正之によって整備され、会津の代々の殿様が参勤交代するため江戸へ登る重要な道だったそうです。
 例年なら間違いなく雪に埋もれていたであろう道路です。右側には塀、左側には道路が埋もれたときのための赤白のポール。今年は大変雪が少なくて、非常に走行が楽です。とはいえ南の山を見ると、頂はしっかり冠雪していて、これからの旅に一抹の不安を感じます・・・
 福島県ではかなり有名な「芦牧温泉」を過ぎたころ、車窓に大きな湖が広がり始めました。
 この会津西街道の旅は阿賀川の源流を遡る旅でもあります。新潟県の大河・阿賀野川は福島県と栃木県の県境辺りにある荒海山(一つ目の地図左下辺り)に発し、今回私たちの旅した会津田島・下郷あたりでは「大川」と呼ばれています。このあと喜多方あたりで猪苗代から流れ出る日橋川・尾瀬を源流とする只見川と合流して、「阿賀川」となり、新潟へ去ってゆくのです。ここはその大川の途中に作られたダムなのです。
 
 大内宿に行く前に、今晩泊まる予定の湯野上温泉へ行ってみました。この会津鉄道の小さな駅は、日本で唯一藁葺き屋根の駅舎を持っています。到着したのは朝早かったのですが、駅はすでに綺麗に掃き清められ女性駅長さんがテキパキと働いておられました。
 一日に数本の列車が停まるだけの駅ですが、旅行者にあたたかい気配りをされているなぁ・・・と感じました。
 駅の待合室には暖かな囲炉裏が作られています。火がかっかっと熾っていて、大変暖かい・・・・囲炉裏の周りはゆったりと靴を脱いでくつろげるようになっていて、旅の途中この駅から列車に乗ろうとして数時間待つことになったとしても、楽しんで待つことが出来るように本や雑誌が置いてあります。
 また駅舎の隅は売店と喫茶室になっていて、ここでも若い女性が忙しく立ち働いておられました。綺麗で清潔な駅でした。
 残念なことに列車の姿を見ることは出来ませんでした・・・・駅のすぐ裏手には街道が続いています。ここでは先ほどのR118はR121となります。こんな山の中の国道ですが、通行量は大変多い・・・・
 今まで私は大変な考え違いをしていました。それは会津藩のなりたちについてです。
すぐ近所にある「塔のへつり」にも行ってみました。
 会津藩の藩祖・保科正之は江戸幕府を開いた徳川家康の孫です(二代将軍・秀忠の側室の産んだ子)。当時秀忠の跡継ぎ問題が勃発しており、秀忠は最初次男の忠長を指名したがっていたようですが、春日局が自分の育てた長男・家光こそをと家康に陳情したため、何とか「長子優先」という名目が守られました。しかし家光と忠長の争いはその後も尾を引き、家光は異母弟の保科正之との関係を強化しました。正之は父・秀忠にもなかなか認知されず、非常に苦労して大きくなった人でしたので、家光の接近が大変ありがたかったようです。
 それでは何故そんな大物を会津に・・・ということなのですが、今でこそ会津は雪深く中央からも遙か離れた場所にあります。しかし江戸時代の陸運・水運を考えた場合、こんなに素晴らしい場所は無いのです。会津西街道で日光と直結され、日光からは日光街道で江戸まですぐに出ることが出来ます。確かに冬場は雪で閉ざされますが、会津は石高23万石の大藩ですから、もしも江戸に飢饉などが起こった場合はすぐに米を運べます。
 しかも日光は家光にとって恩人?ともいうべき家康の菩提寺があるわけで、それを異母弟に守らせるという考え方もあったでしょう。
「塔のへつり」岩にはそれぞれ名前も付けられています
 しかも会津に流れる大川(阿賀川)、これを使っての水運を私はすっかり忘れていました。昔の大きな川は今の高速道路みたいなもので、大量の物資を流れに乗って陸運より早く越後へ送ることが出来たでしょう。
 現在の東北地方の陸運は、中央を通る東北自動車道と東北新幹線が中心です。しかしその時代の街道は違う場所を走っていたのだーーーーということを、この場所に来て初めて思い返すことが出来ました。いやぁやっぱりただ地図を眺めているのと、実際に現地に行って見るのとでは、感じ方が違いますね~
 次回はこの旅のメインだったはず?の大内宿・雪祭りです。あはは、やっぱり今年は・・・・・(ーー;)




 「湯野上温泉」駅で飲んだ甘酒(100円也)。囲炉裏のそばに座って飲む甘酒は、冷えた体をやさしく温めてくれました。しかしおしんこが付いてくる甘酒は初めてです。京都のお寺などで飲んだときは、生姜の搾り汁がついてたこともあったけど・・・・
 おしんこ美味しかったですよ。しかも量が多い~嬉しい朝ごはんになりました!

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2007/02/17

信じられない出来事・目黒自然教育園その2

 目黒自然教育園のユキワリイチゲは、もちろん移植したものでしょうし、とても小さくてか弱い花なので、厳重に柵で囲っています。ですからすぐ近くで撮ることは出来ないのです。
 元々ユキワリイチゲは葉の部分が大変茂りますから、三脚立てることも難しくほとんどが手持ち、ブレないように気をつけて・・・望遠レンズでようやくここまで撮れました。
 さて私が必死になって撮っていると、横に人の気配が。ちらっと見るとなんと、先ほど白い傘を使って太陽光線を遮りながら撮っている男性でした。
 彼は座るや否やふところからでっかいスプレーを取り出して、なんと先ほど私が撮ったばかりのユキワリイチゲにプシューっと。。。。
 本当に驚きました。そういう人を今まで見かけなかったというと嘘になります。谷津のバラ園でもなんか挙動が変・・・・と思ってあとで行ってみると花弁がそこだけぬれていて「あっ、さっき座ってた人が霧を吹いたな!」\(◎o◎)/!
 しかしすぐ横(ほとんどひっつかんばかりの距離でした)に私が居て、たとえ他の花を撮るのに夢中になっていたとしても、気付かないわけが無いでしょう!私はあまりのことに驚き呆れて、口をあんぐりあけておじさんを眺めていました・・・・怒るとかそういう気持ちじゃなくて、とにかく信じられませんでした。
 数ショット撮って、おじさんがさっさと次の花に行ってしまったころ、私はようやく気を取り直して先ほどの霧を吹きかけられた花を見てみました・・・・
 可哀想に、すっかり水に濡れてしまっています。この日は太陽ギンギンのお天気ですからおそらくこの水滴はシミになることでしょう・・・・
 前に東金の食虫植物群落でタヌキマメを撮っていたとき、あるカメラマンが撮ってる最中に強風で花の枝が折れたんですよ。私はとっさに折れた枝を拾い上げてしまったら、とても怒られてしまいました。
 「ボクは自然をありのままに撮りたいんだから、捨て置いてくれ!」って。その方とはまったく対極だな・・・・
 去年11月に京成バラ園へ行った時、ラッキーなことにまだ朝露が花に残っていたのです。今そのときの写真と比べてみると、明らかに露のつき方が違いますね~
 気を取り直して・・・・ここ目黒自然教育園は前の神宮の森に比べるとうっそうとした森はありません。その代わり雑木林とでも呼ぶべき背の低い木々が生い茂っており、下草もよく茂っています。
 ひょうたん池のほとりで不思議なものを発見、これは一体なんだろう?
 またもや横浜のおーちゃんさんにヘルプ!を出し(毎度まいどすみません)教えていただいたところによると、「ガガイモ」のタネが弾けたところだろうと・・・・
なるほど~きれいな羽根の付いた種です。私がこの写真を撮った2秒後には、風に吹かれてどこかへ飛んでいってしまいました・・・・
 来年またこの近くでガガイモが芽を出すんですネ(*^_^*)
 
 これはおーちゃんのおっしゃるには「多分マユミの弾けた後の実」らしい・・・冬ざれた風景の中にひときわ鮮やかな赤い色が、大変美しかったです。うまく三角構図に出来たかな?
 これはおーちゃんも私も結局判らなかったものです。何の実でしょう?どこかでみかけたことがあるような気がするのですが。
 どなたかお判りの方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてくださいませ。
 池のほとりにて。夕日が立ち枯れた草を染めています。。。。本当はもっともっと綺麗だったんですけどね~腕が悪くてすみません。
 帰ろうと出口に向かいかけたとき、前方に先ほどの霧吹きおじさんの姿が見えました。ちょうど私との間が100メートルくらい離れていて、彼の行動が手に取るようにわかります。
 じっとしばらく後ろを歩いていたら、突然止まってまたもや道の傍に花を付けている椿にプシューっと!!
 もうここで完全に私は頭にきました。この人は他人の迷惑なんてまったく考えたことも無いんでしょうね。このお庭だって自分ひとりのものと思っているに違いありません。
ーーーーーで、望遠レンズを取り出し、彼の行動を逐一撮らせていただきました。もちろん今回はブログに載せるとかは致しませんが、もし今度同じことをやっておられたときは、少し考えます!身に覚えのある方、覚悟してくださいね。(ってあのおじさんがこのブログを見てるとは限らないのですが)ここまで酷い人を見たのは久しぶりです。
 ちょうどその頃木更津にやってきたD51を撮るために、大量のお客様が集まったというニュースがお茶の間に流れました。より迫力のある写真を撮ろうとして線路に寝そべったおじさんのために、何度もデゴイチ君は急停車をさせられていました・・・・
 カメラを始めて7年、デジタル一眼を始めてわすか2年弱の私がこんなことを言うのは場違いでしょうけど、気持ちはよーくわかります。せっかくたまのお休みに撮りに来たんです、出来るだけ良いものが撮りたいでしょう。でも、人の迷惑にはなったらイカンです。
 私も素人カメラマンの端くれですから、何か撮る時に他のひとから「よく来たね、頑張って撮りんしゃい」と言われたいです。それがこのままでは暴走族やヤンキーさんたちのように「えーっ、あんたカメラマン?近寄らないで」と言われかねません・・・
 お互いの悪口を書き並べるのはもう終わりにしたいのです。このブログで「こんな素晴らしいカメラマンが居たよ!」と報告できること、それが私の願いです。

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2007/02/15

晴れても曇っても・目黒自然教育園その1

 2月の初めに訪れた目黒自然教育園は、寒くて暗くてお目当てのユキワリイチゲもほとんど咲いてなくて・・・・でもそれだからといって何も撮らずに帰るわけのない私です(笑)たった一輪道の端にひっそり咲いてた花を激写!一輪だけなのでもうこれしか撮りようがない・・・・(T_T)
 1週間ほどたって再び訪れた園で撮ったユキワリイチゲです。この日は朝からカンカン照り、暑いくらいの陽気でした。
 晴れの日と曇りの日と、どちらが撮り易いかというとそれはもちろん「晴れの日」。光がいっぱい入るからシャッタースピードも速くて、ブレにくい。色ももちろん晴れた日の方が・・・・と言いたいところなのですが。
 晴れた日に特有の花びらの影が出ちゃってますね。こういう花弁の多い花は曇りの方がいいかも~
 




 曇りの日、少し離れたところから撮ったユキワリイチゲ。曇りの日の色具合は落ち着いていて決して嫌いじゃないです。特にこの花は清楚な雰囲気なので、あんまり太陽ギンギンの下で撮ったものはふさわしくないような気すらします。
 


 恥ずかしながらこれは完全な失敗作、晴れた日に撮ったのですが、デジタルカメラにありがちの「白とび」を起こしています。もう少し露出を下げるべきでしたが、背景の美しい光の反射の具合はこれくらいの方がいいんですよ・・・なかなか難しいところです。
 曇りの日の紅葉した葉。あまりに美しかったので撮ったのですが、イマイチ・・・・背景が暗いのでなんだか雰囲気が合いませんねぇ。
 


 紅葉した葉の撮影に関しては、やっぱり晴れの日に軍配が上がりそうです。
 特に逆光で撮る葉の美しさ・・・このまま大事にとっておきたいような気もするのですが、どんなに美しい葉もすぐに色あせてしまうんですよね。「とりぱん」には「白菜漬け」の中に紅葉を一緒に漬け込むと色あせない・・・・というやりかたが紹介されていましたが。
 乾き物?アジサイでの撮り比べです。意外や意外、なかなかいいですね~特に背景の深い色合いは、晴れた日には決してこういう青味がかった色は出ませんからね。
 





 背景の色は平凡ですが、晴れた日にはやっぱり背景に丸い光の輪が出るので、それなりに美しいです。
 今回同じ場所を二回訪れたのは、なかなか面白い実験になりましたね。
 
 ということでまとめてみました。
曇りの日 晴れの日
シャッタースピード 遅い→ブレやすい 早い→ブレにくい
被写体の色 美しい 白とびの可能性がある
出にくい 出やすい
逆光 ほとんど使えない 紅葉などに使える
背景 暗くしずみがちであるが
深みのある色になる
平凡だが光の反射が美しい
 ということになりましたが、曇りの日にまさか人工太陽を作るわけにはいかないのですが、晴れた日の太陽のギラギラ光線を緩和する方法があります、それは光を防ぐものを使えば良いわけです。
 私は見事に!持って行くのを忘れてしまったのですが(恥)、白い傘が一本あれば光を遮って花弁の白とびを抑え、影を作りにくくすることが出来ます。別に傘でなくても白いノートとかでも代用できます。
 このかたはちゃんと用意されていましたね。。。。ご立派な心がけです。ところが・・・・このおじさんが実はとんでもない人でこのあと突然大暴走!次回をお楽しみに。
(>_<)

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2007/02/13

悲しみの富士山・印西牧の原

 約1年ぶりに千葉北部の印西・牧の原に富士山を撮りにやってきました。去年は何度も訪れたこの場所ですが、今年は茜浜や三番瀬におされ気味?です。というのもこの場所からの富士山は、どうしても電線が一緒に入ってしまうのです。もちろんそれもまた「都会から眺めた富士」という感じで決して悪いことではないのですが・・・
 この日も三番瀬と印西どっちに行くか?迷ったのですが、まだ今年は本埜村の白鳥を撮っていないので、そちらと一緒に・・・・ということで出来かけました。
 牧の原の富士見台に到着したときは、これから始まる「夕日ショー」の開始を告げるようなオープニング・アクト。上空の黒い雲に隠れた太陽が、今まさに現れようとしていました。
 ようやく現れた太陽・・・この日の雲は面白いですね。上空にはびっしりとはりつめているのに、低空にはほとんどありません。「これはひょっとしたら、富士山も拝めるんじゃないか?」という期待が膨らむ・・・
 私が三脚を立てて待っていると、何人かのかたが傍に集まってきました。「今日は見えそうですね」「ええ、多分・・・」(*^_^*)
 太陽がかなり低くなってきました。なにやらおぼろげに山の稜線らしきものが浮かんでいます。これは、もしかして・・・・・?
 ポツポツと街の明かりが灯り始めました。こういうところはさすが「街から見た夕日」です。海や山などの何もないところに沈む夕日も素敵ですが、街に沈む夕日は人の温かさを感じることが出来ますね~
 午後5時、ついに富士山が出現しました。これからほんの僅かな間だけ私たちにその姿を見せてくれます。しかし東京と神奈川をはさんでも尚、この大きさで千葉から見ることの出来る富士山。姿かたちの美しさはもちろんですが、その大きさにも圧倒されます。
 実はこの日はいつもお世話になっている千葉のおーちゃんの知人・山男の風さんが荼毘にふされる日でした。3000メートル級の山を20峰以上制覇した大ベテランの風さんですら、自然の脅威には勝てなかった・・・ご冥福をお祈りいたします。
 そのことを考えながら富士を撮っていたからでしょうか?この日の富士はいつもとは違うように思えてなりませんでした。
 この日最後の雄姿・・・・山肌に名残の光をわずかにとどめた山に、お別れを告げたのでした。
 暖かい日だったのですが、やっぱりこの時間ともなると寒かった~
(>_<)
 ところで・・・・肝心の本埜村の白鳥さんなのですが・・・
 あはは、この状態です!
 今年は千葉の白鳥飛来地はどこもものすごく数が少ないようですが、私が行った時はなんとゼロ!
こんな本埜村は初めてです・・・・本埜村のHPによると2月6日にすべての白鳥さんが北の国へ飛び立ったそうです。
去年の白鳥さんたちのお姿はこちら
 うーーん、今年はやっぱりおかしいですよねぇ。来年もこうだと本埜村もこまっちゃいますよね(ーー゛)

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2007/02/11

バードサンクチュアリ?明治神宮その2

 前回に引き続き、明治神宮御苑からお届けいたします。
 ソウシチョウの群れが去った餌場では、なにやら白っぽい鳥がエサを啄ばんでいます。なんとツグミ科のシロハラではありませんか!
 ツグミよりややずんぐりした体型で、その地味な色合いからなかなか見つけられにくい鳥と言われています。同じような地味な鳥にアカハラ(おなかの色はオレンジ)というのも居て、こちらもなかなか出会えないそうです。
 何故か私は今期シロハラは二度目なんだけど~?
 餌場にずっと居ると「面白いなぁ」と思う。色んな鳥が一緒ではなく入れ違いにやってくる・・・・まるで直接出会うのを避けるかのように。
 この前夢の島でスズメとシジュウカラの混じったグループを見かけましたが、鳥にも相性のようなものがあるようです。
 みんながエサを食べ飽きた?ちょうどその頃、藪の中をちょろちょろ動く青い影。。。。。後ろからつ・つ・つ・・・・と現れたのは、なんと美しいので有名なルリビタキ。待ってたのよ、あんたを!
 こちらがルリちゃんの正面の顔、なんかちょっとマが抜けてる~(^^ゞ
 全身鮮やかなターコイズブルー、本当に瑠璃の色です。ちなみにメスは全身ウグイス色で尾っぽだけが少し青い。メジロやウグイスに間違いそうな色形です。
 ルリビタキは今度は近くの枝に留って、いい声で鳴き始めました。「美声」というのではないけれど、とても可愛いピッピッという鳴き方、メスを呼んでいるのでしょうか・・・・おなかを膨らませて一生懸命です。
 この冬初めて色々な鳥を撮ってみましたが、なれた方々はみなさん鳴き声で「あっ、○○がいる」と判断されるのですネ。私はまだまだ判りません。
 というわけでこんなサイトを発見!すごいですよ、色々な鳥の鳴き声が網羅されています。よくここまで集めたものです。
 御苑の池ではずらーっと三脚が並んでいました。「何を待っておられるのですか?」と尋ねると「池の向こうの森にオオタカがいるんだけど、滅多に出てこないんだよ~」ということです。そのほかにもカケスをちらりと見かけたのですが、絶対に近づいてはくれませんでした。
 というわけで暗くなる前に撤収です。神宮の広い道を歩いていると、こんな親子連れを発見。上の子が2歳くらい、下の子はまだ乳児です。我が家も上と下が1歳10ヶ月違いだったので、こんな時期があったっけ。あの頃は本当に大変でした~今では懐かしいですが。
 大鳥居の前で一心に祈る男性。明治神宮ならでは、ですね。
 歩いて5分かからないような近くにJR原宿駅があります。近所には若者で溢れかえる竹下通りも・・・・こんな都会の喧騒のすぐそばに、オオタカやルリビタキが平和に暮らす園があるなんて、ほんとうにビックリ。JRの列車の音もたまには聞こえることもあるでしょうに・・・・でも確かに鳥を撮っているときは、一度も感じませんでした(目黒自然教育園などは近くを走る道路の音が少し気になります)。それだけ神宮の森は深い、ということなんでしょうね。
 現在まだ郡山におります。もう少ししたら帰りますね!今回のお土産話は何でしょうかねぇ?

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2007/02/09

バードサンクチュアリ?明治神宮その1

 横浜のおーちゃんさんのブログで「明治神宮にはたくさん野鳥が住んでいる」ということをお聞きして、矢も立てもたまらず行ってきました。
 しかし関東には20数年住んでいるというのに、明治神宮には行ったことが無い私です。まずいったいどこの駅で降りたらいいの?から始まりました(恥)調べると、なんと原宿ですか~?竹下通りで有名な若者のメッカです。あんなところに本当に????
 神宮の御苑(入場料500円也)をお支払して、予めおーちゃんから「こっちの道に鳥が多いです」と教えていただいた小路に入るとすぐに青い小さな鳥がまるで「おいでおいで~」と誘うように奥へ招きます。のこのこ付いていくとそこには・・・・こんな極楽色の鳥たちが!
 ここは細い小路からすこし藪の中です。暗い木陰に倒木があって、どうやらそこが鳥たちの餌場になっているようです(係りの人が毎日えさをやっているようですね)。すこしボケてしまって残念なのですが、このソウシチョウは集団で行動するようです。物陰からじーっと息を潜めて見ていると、まず偵察隊?の1・2羽がぴょんぴょんやってきます。それで何も起らないようなら後から4・5羽が登場。本当に可愛い奴らです。調べるとこのソウシチョウ、本来はベトナム~中国原産の鳥のようです。ペットとして輸入されたものが逃げて繁殖したらしく、赤いくちばしと美しいウグイス色の羽が特徴です。この鳥は一夫一婦でペアを変えることはないそうで、そういう意味から「相思」の名前が付けられているようです。ただ日本にいるウグイス・メジロとエサの競合が懸念されていて、日本の家庭での飼育は禁止されています。
 ソウシチョウの集団がエサを食べ終えた頃、違う色の鳥がやってきました。これはクロジ、この鳥も私は初めて見ました。
 バードウォッチャーには大変馴染みの深い鳥だそうで、アオジという似たような羽根の鳥と行動をともにすることが多いそうです。黒・青の違いは羽根の色、アオジは全体的にもうちょっと緑色っぽく(昔は緑のことをアオと呼んだため)胸にわずかに黄色の線が見えるそうです。
 どちらもホオジロの仲間だそうですが昔はこの鳥たちのことを「シトド」(シッと鳴く鳥、と言う意味)と呼びました。黒くてシッと鳴く→クロシトド→クロシ→クロジに変化したそうです。
 いつまで経ってもさきほど私においでおいでをしてくれた青い鳥が来てくれないので、餌場を見ているほかの方にお聞きすると「ルリビタキ?きっと来ないよ~だって奴らはクロジが嫌いだもん」ということ。不思議ですネ、人間にも苦手な相手がいるように鳥にも居るんだ。
 やはり近くにおられた女性二人組み(おそらくバードウォッチャー歴は私よりは長そう)が、手の上にエサを置いてやってくる鳥を撮ろうとしています。うわーーーーっ、ちゃんと来るのですネ!可愛い~でも動きが速くてとても撮るスピードが追いつきません!
 何回かトライさせていただいて、ようやく一枚何となく撮れました。
 可愛い~ヤマガラですね。この鳥は人によく慣れしかも大変好奇心が旺盛なため、昔は縁日などで「おみくじをひく鳥」として見かけたことがありましたね。芸を仕込むのは大変そうですが。
 今では動物虐待?になるのでしょうか・・・・見かけることは無くなりましたが。ちょっと痛々しかったですしね。
 まさにこれから木の実を咥えようとするヤマガラです。小さい体でもなかなかの根性?ですね~
 小さい頃にベニスズメを飼っていた、その時のことを思い出しました(その子は百舌に食い殺されたのですが)。
 餌場から鳥たちの姿が消えました。周りのみなさんのおっしゃることには「餌場に来る鳥たちは波があって、ひと波がおわるとあとは30分くらい間が開くよ」ということでしたので、初めて来たお庭を一応周って見ました。
 ここは江戸初期以来加藤家、井伊家の下屋敷の庭園でしたが、明治時代に宮内省の所管となり、代々木御苑と称され、明治天皇、昭憲皇太后がよく遊びに来られたお庭だったそうです。大きな池があって皇太后は釣をされたとか・・・なかなか庶民的な?ご趣味だったのですね~(^_^;)
 御池のほとりで静かに語らっておられた老夫婦、すごく仲がいい~
よっこいしょ、と立ち上がられましたが、なんと先にたつおじいさまは後からくるおばあさまの手をひいておられます。
 あんまりおあついので(笑)一枚撮ってしまいました・・・・後姿なのでご勘弁。
 実は金曜日の夕方から郡山に来ています。ということでコメントのお返事がなかなか出来ません。本当にすみません。千葉に戻りましてから必ずお返しいたしますので、ご無礼をお許しください。
 次回は明治神宮御苑の二回目、とうとうついに・・・・まぼろしのあの鳥が私の目の前に!\(◎o◎)/!

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2007/02/07

潮風とロマンと・犬吠埼灯台にて

 銚子電鉄の犬吠から歩いて5,6分で本州最東端の岬・犬吠埼に到着します。実は前の記事を書いている途中から気になっていたのですが、Googleなどで「いぬぼうさき」と検索すると「犬吠崎(やまへん)」と「犬吠埼(つちへん)」とふたつの漢字が表記されます。これは何故だろう~?と思って調べたところ、山がそのまま海に突き出した岬を「崎」と呼び、木の無い陸地が突き出したところを「埼」と呼ぶのだそうです。ここ犬吠埼の突端には木はほとんど生えていませんので、「埼」の漢字が使われているそうです。
 
それから、これはおとーさんと犬吠埼を歩いているときから気になっていた事なのですが、犬吠埼は本州最東端であることは間違いありません。しかし売店や灯台内に飾られている「初日の出」の写真には必ずと言ってよいほど下に「日本一早い日の出」というコメントが添えられていて、「えっ?日本の最東端は北海道の納沙布岬じゃなかったかしら?」とふたりで訝しく思っていたのです。
 



 これも調べるととても面白いことが判りました。犬吠埼は確かに緯度では納沙布岬より西なのですが、なんと元日の頃の地球はほんの少し地軸がずれていて、わずか3分ですが犬吠のほうが早く夜が明けるそうです(犬吠・6時46分ごろ、納沙布・6時49分ごろ)。へぇーーー知りませんでした。
 まず灯台に登ってみることにしました。入場料150円を払って、狭い狭い階段を登りはじめます。もちろんエレベーターなどの機械はまったくなく、自分の足で99段を登ります。この灯台は工部省灯台寮がイギリスから招へいした灯台技師、ヘンリー・ブラントンが設計・施工し、明治7年11月15日に完成・点灯されました。ブラントンはユーモアのセンスのある人で、近くの九十九里浜にちなんで階段数を99段にしたそうです。
 -------(ただただ黙々と登ること数分)(ーー゛)
やった、ついに到達しました。しかし明治の頃にできただけあって、階段の幅がせまい~上から人が降りてきたらすれ違いが大変です。レンガ造りの建築物としては日本一の高塔(31.57m)として、また第一等4面レンズを通して200万カンデラの光を発しており、名実ともに日本第一の灯台です。
 第二次大戦中はもちろんアメリカからたびたび攻撃を受け、当時の灯台守の方は殉職されています。
 灯台の上の狭い狭い張り出しから海(南側)を眺めます。強風で飛びそう~この日は風のない良いお天気だったのですが。遠く岬の端に銚子電鉄で一緒だったロシアの団体さんが居ます。ふふふ、実は私たちは彼らが海のほうへ行くのを見て、灯台に先に来たのですよ。というのもあの体格のひとたちでしょう?絶対にこの狭い階段を一緒に登るのは大変だろう~と思っていましたからね。大正解でした(^_^;)
 反対側(北側)を眺めると、君ヶ浜のなだらかな海岸線が見えます。昔この海にはたくさんアザラシが居て、その鳴き声が犬が吼えているようだ・・・・ということから「犬吠」と名づけられたそうですよ。そのころはきっとこのあたりはもっと寒かったのでしょうね。
 吹き飛ばされそうだったので、すぐにまた地上に降りてきました。岬の地面を一目散に走る鳥を発見、なんとこちらはまちがいなく(笑)ツグミくんでした。可愛いですね~でもやっぱり私がカメラを向けると、飛んで逃げないで走ります。何故????
 海岸近くの磯だまりです。このあたりの断崖はとても面白い色と形をしているなぁ・・・と思っていたら、立て札がありました。「この犬吠埼直下の海岸線は中生代・白亜紀(約1億2000万年前)に堆積した土砂で出来ています。その頃犬吠埼付近は浅い海だったようです」
 写真手前に何か不思議な形の岩?が突き出していますが、実はこれも化石です。浅い海の底をゴカイや他の貝が這いまわった跡がそのまま残っているのです。これを「生痕化石」というそうです。化石ってアンモナイトみたいなのだと思っていました~(^_^;)
 太平洋の荒波が、ざざーっと打ち寄せてきます。なかなかすごい光景です。ひいては返す波を見ていると飽きることがありません・・・・
 まだまだ名残惜しい銚子・犬吠埼への小旅行でしたが、我々はそろそろ岬にお暇を告げたのでした。
 犬吠駅の近くにある回転すし・島武さんで、遅いお昼ご飯を食べました。ここはどうやら人気店らしく、待っているお客さんの多いこと!我々も約10分ほどたって席に案内されました。
 

 どのおすしもおいしかったのですが、銚子といえばやっぱり「マグロ」なんですが(笑)敢えてキンメダイの握りです。
 ここ銚子のキンメは美味しいですよ~舌の上でとろける食感、程よい甘さ。周りのかたはみんな銚子方面から車でこられた方が多いようでした。岬の食堂も美味しいけれどけっこうお高いので、こういう土地のお店に入られることもおススメいたします♪

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2007/02/05

潮風とロマンと・銚子電鉄の旅

 2年以上もブログをやっていると、記事を書く前に何となく「この記事はコメント多いだろうなぁ」とか「これはかなりマニアックだから、アクセス数減るだろうな」と読める場合もあります。
 前回の清水公園編は予想に反して非常にアクセス数が多く(コメント数も)大変ありがたいことだと思いましたが、今回は・・・・・さてはていかがなものでしょうか。(^_^;)週末におとーさんと出かけた銚子電鉄の旅をお送りいたします。
 
 銚子電鉄という可愛い小さな電車が走っているということは、実は前から知っていました。ただ我が家はドライブ派なので、どうしても犬吠埼に行くときは車になってしまっていました。
 ところがわが息子・熱烈ロッテファンの次男が突然「銚子電鉄が経営難で苦しんでいて、ロッテの小林雅英選手が応援しているんだって」という話をしてくれたのです。そこで週末おとーさんと一緒に銚子へ行って見ることにしました。
 JR銚子駅で「銚子鉄道駅」をさがしてもありません・・・・ここはJRのホームのはずれ、「本当にここから電車が出るのか?」と思うような寂しいところに赤い可愛い電車が留っていました。かなり古そうです・・・・
 この銚子電鉄は大正12年外川漁港で捕れた魚を銚子へ運ぶために、また犬吠崎へ観光客を運ぶために作られました。かつてはNHK朝のドラマ「澪つくし」(沢口靖子主演)などで盛り上がった人気も、前社長の横領や車両の老朽化などで落ち込みたいへんな赤字を抱えている「廃線対象路線」です。
 改札もありません、乗客はみな並んで車掌さんから切符を買います。今回は何故か?ロシアからの団体さんばかり・・・・銚子鉄道の窮状が国際的に伝えられているのかしらん?(^_^;)
 みなさん天を衝くような大男ばっかりです、ただでさえ小さい車両がますます小さく見える・・・・しかし皆さんの服装・持ってるカメラを見ると、ロシアと言う国の現在の経済状況がよくわかります。ものすごく贅沢、というわけではありませんが最新のいいカメラをお使いですね~
 大賑わいで切符をきるのも大変そうな車掌さん。たったひとりで混雑するお客様の応対をします。銚子電鉄の社員はわずか24名、毎日ごくろうさまです。
 私たちは一旦犬吠で降りて灯台へ遊びに行くことにしました。
 この駅は銚子電鉄中最大の乗降客数を誇る「犬吠埼駅」です。何故かスペイン風の?駅舎、使っていない車両が二両置いてあり喫茶店として営業中です。
 今日の小旅行のお目当て、銚子電鉄が副業で行っている「ぬれ煎餅」発見!
 銚子電鉄は前社長の不祥事で銀行からもお金を借りられない状態、老朽化した枕木・駅施設の補修も出来ずこのままでは廃線へのみちを突っ走るしかありませんでした。ところがこの窮状を救うべく、インターネットで「ぬれ煎餅を買ってください、車両の整備をしないと運行許可が下りません!」という広告を出したところ大反響が巻き起こりました。
 数千の申し込みが殺到し、少ない職員だけでは対応が出来ず現在ではネット販売は中止になっています。というわけでこのお煎餅、現在はここでしか買えないのですよ~
 一枚一枚ていねいに網の上で焼き、そのあとなんと生醤油にさっと漬けます。そのため普通の煎餅とはちがって、しっとりした感じ。前にご紹介した黒こしょう煎餅はバリバリでしたが、このお煎餅はふわーっとした独特の噛み応え。どこか他にもこういうお煎餅はあるのかしら?
 すみません、決して食べかけではありません~半分に割ってお目に掛けています。
銚子はお醤油の生産も盛んなまちですから、郷土色ゆたかなお煎餅です。かなり厚くて大きいので、一枚を食べながら灯台までのみちをぶらぶら歩く。小腹がすいているときなどにはピッタリのお煎餅です。
 灯台から戻ってきて、今度は終点・外川まで乗ることにします。窓の外に広がるキャベツ畑・・・・
 たしかNHKのドラマは、銚子の街のおじょうさん・かをる と外川の漁師の恋の物語だったかなぁ・・・20数年前ですからあらすじもかなり曖昧です。沢口靖子さんが明治の女学生風の衣装(矢絣と袴)を着ておられたことはよく覚えているのですが。
 こんなのどかな電車を舞台にした恋の行く末は、確かハッピーエンドだったような??
 
 
 さる1月14日に銚子鉄道サポーターズが発起されました。千葉県にお住まいのかた、関東近辺にお住まいの方、ぜひ銚子に遊びに来てください。そしてぜひ車ではなく銚子電鉄に乗ってくださいね♪
 次回は犬吠埼の観光を中心にお届けします。太平洋の春の情景をお楽しみに(*^_^*)今日は長くてすみません。

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2007/02/03

春の訪れ・野田清水公園その2

 今回清水公園へ来てみて、一番驚いたことはもう梅が咲いていたということです。信じられません~去年の2月20日ですらまだまったく咲いていなかったのですから。一体今年の冬はどうしちゃったんでしょうか?ロウバイの林のすぐそば、その周辺だけ賑やかでした。
 梅がこんなに綺麗に咲いていると、つい端唄「うめ~は咲いたか、さくらはまだかいな?♪」を思い出してしまいますが、驚いたことに桜も咲いてました。もっとも多分これは寒桜だと思うのですが。
 ネットサーフィンしていたら、こんな粋なサイトを発見。
 去年初めて見つけて「木の幹に不思議な印がある!」とびっくりしたヘゴの木も健在・・・・しかしこの枝が落ちた跡、なんだか人の顔みたいですねぇ。この小さな点々が木と枝を繋いだコンセントのようなものだったんだなーーーーと思うとなかなか興味深いです。
 沖縄にはとっても面白い民話が残っています。「山でこの木を見たきこりは、“幹に小判が貼り付いている!”とビックリし、毎日その幹をなでさすりながら一生懸命働いた。するといつしか彼はお金持ちになった」というものです。
 小判かぁ・・・なるほど・なるほど。
 お庭を歩いていて不思議なものを発見!まるで昔の橋の欄干に付いていたランプ・・・・みたいに見えませんか?あんまり不思議な形だったので家で調べてみたのですが結局何かわからず、街の植物博士「横浜のおーちゃんさん」に教えて!メールを出しました。おーちゃんはすぐに調べてくださって「多分クロモジだと思う」ということでしたので、胸を張って(笑)ここでUPさせていただきます。
 植物図鑑によると上のとんがリが葉芽、横に付いている下向きの丸い粒みたいなものが3つの花芽だそうです。この木は柔らかいので昔から歯磨き用の爪楊枝として使われたそうな。
 前回はロウバイ林でヒヨドリにビックリさせられた私ですが、今回は池のそばでびっくり~\(◎o◎)/!カラスが池の底をほじくってます。じーっと見ていると泥の中から植物の茎でしょうか?まだ食べられるやわらかいところを見つけて食べています。
 うへー雑食とは聞いていましたが、すごいモノ食べるねぇアンタ。
 それにしてもカラスをこんなにまじかにじっくり観察したのは初めてかも?なかなか綺麗な羽ですよね。もうちょっとスマートだったら、もう少し人気があったかも・・・・・わかりませんが・・・・・
 庭先をさささーっと走るもの発見!と思ったらツグミでした。この鳥は4月の半ばにはシベリアやカムチャッカなどの北の国へ渡って繁殖し、冬になると日本へやってくる代表的な「冬鳥」と言われていますが、見るときはいつも地面を走っています。目をあわすとつつーっと走って逃げてしまうので、なるべく見ないようにして撮影(そんなアホな)。
 例の「とりぱん」にはこのツグミがいかに貧乏性で小心者か、という観察日記が載っていてなかなかいいところを衝いているなぁ・・・と感心しきり。しかし何故いつも飛ばないで走るのかなぁ?
 陽が翳ってきたころに違う場所でまたしても梅林を発見!うわー白梅ももう咲いてます。一生懸命撮っていたら、通りすがりの人に「上手く撮れましたか?」と尋ねられました。ええもちろん!
 

  一般的には八重の梅の方が咲くのが早い・・・・と言われているようですが、ちゃんと一重の梅も咲いていました。夕日に薄い花弁が透けてみえる・・・・
 それにしてもロウバイも梅も今年は早い、ということは本家・桜も早いのでしょうかねぇ。今年もまた福島・花見山へ行こうと思っているのですが、ひょっとして3月中??まさかぁ・・・・(でもこの調子では在り得るなぁ)
 そろそろ家に帰ろうかなぁーーーと思った頃に見つけた侘助の大木。うわー私椿の中でもこれが一番好きなんですよ!このラッパ型の上品な形、蘂が奧に隠れていて清楚な姿、お茶の席にはぴったりだと思いませんか?
 こういう「開ききらない形」が侘助なんだ、とずーっと思っていたのですがどうやらそうではないようです。
 「有楽椿(織田信長の弟・有名な茶人の名前を付けられた椿)」の直系で、しかも雄しべの先端が退化して花粉をつくらない種類のもの・・・・ということなので、開ききった形のものでも「侘助」と呼ばれるものがあるそうです。それにしても美しいかたち・・・惚れ惚れします。
 あまり色々考えず、ふらーっと久しぶりに訪れた清水公園でしたが、私は思いのほか楽しかった♪です。でも多分読んでいるみなさんは「ドタバタしてまとまりのない文章・・・」と呆れておられたことでしょうね。すみません。
 次回からは週末におとーさんと訪れた銚子のまちめぐり、です。
 あの有名なお煎餅も登場!乞うご期待です(^^ゞ
 ところであまり反応が無かったのですが、読んでくださった方の中にはアングルファインダーって何?とおっしゃる方もいらっしゃるのではないかと思いまして・・・・これがそうです。
 本来の使い方としては、地面に張り付いたように咲いているイヌフグリとか前回の福寿草みたいな小さい花を撮ったり、花や動物を下から撮るためのものです。ちょうど忍者が使う潜望鏡?みたいな感じですね・・・これがあるとあんまり地面に張り付かなくてもいいので、ちょっとラクチンかもしれません。周りから「あの人何してるの?」「いやーね、変態?」とか言われなくて済みますしね(^^ゞ
 ところが私今回別の使い方を発見してしまいました!
 実は私はかなり背が低い。(しかもかなり太ってる・・・)カメラを撮るとき背が高いほうが良いのはあたりまえ~浅草のサンバカーニバル撮ってた時なんて、私は前のおじさんの肩しか見えませんでしたから(笑)でも、このアングルファインダーを逆向きにセットして。。。。
 この花は私の背丈で撮るとぎりぎりこれくらいにしか撮れません。
 いかがでしょうか?これがやや上から撮ったアングルです。右のお花の真ん中にある紫の蘂?をもうちょっと上から撮りたいなぁ~と思ったときにこの方法を閃きました!(---多分知ってる人はみんなそうしてたんでしょうけどね)
 このアングルファインダーなかなか使いみちありそうです。しかし望遠鏡を見ても酔いやすい(恥)私は、なかなか慣れるには時間がかかりそう・・・船橋近辺のかた、春先道端でじっとカメラを覗きこむ小太りのオバサンが居たら、それは私です!

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2007/02/01

春の訪れ・野田清水公園その1

 今年は本当に春が来るのが早い!去年のブログを見ると清水公園に行ったのは2月20日前後なのですが(しかもブログを読むと「寒い寒い一日でした」とある)、今年はHPを見るとすでにロウバイは満開・・・・ということでしたので、半信半疑で行ってみました。
 




 少し曇りのあいにくのお天気でしたが、時々差し込む日差しはもう春!という感じ。去年と約1ヶ月はちがいます。噂どおりロウバイはもう満開状態・・・・
 このお花、薄い蝋細工のようなか弱い姿なのですが、香りがすごいです~水仙に負けず劣らずの芳しい香りがぷーんと・・・・
 この公園にはロウバイの大きな林があるのですが、パチャパチャ撮っていたらどこからかバッサバッサ~!という大きな物音が。思わず振り返ると後ろの林の中に見慣れたヒヨドリが一羽留って、大きな口をあけてロウバイをむしゃむしゃと・・・・、ひええええーっ、蜜を吸うとかそういう可愛い仕草ではなくて、丸ごと食べるんですネ~\(◎o◎)/!
 ヒヨドリってどうしてあんなに乱暴なんでしょうか?とにかく周りの花を全部あるだけ掻き毟る?という感じの食べ方です。非常に乱暴~
 食べるだけ食べて、ちょっと休憩中のヒヨちゃんです、口からロウバイの花弁が溢れています(笑)なんだか一回り大きくなったような気すらしますね~(^_^;)
 去年この清水公園を訪れたときには福寿草はまだ蕾でした。。。。残念に思ったことを覚えています。ちゃんと福寿草が撮れたのは2月9日、ここではなくて上野の岩崎邸のお庭でした。
 まさか、咲いてないだろうな・・・・と思いつつ福寿草園へ行って見ると、ああ!咲いてます~まだちらほらとですが。
 地面が歪んでいるでしょう・・・あはは、すみません。買ったばかりのアングルファインダーがまだ上手く使えないのです。しかしこれを使うとこういう地面に張り付いたような花も、比較的ラクに撮れて便利ですねぇ。
 こちらは・・・・ほっ、何とか傾かずに撮れてますね。福寿草は旧正月に真っ先に咲くことから「おめでたい花」と言う意味でこの名前が付けられたそうですが、確かに冬枯れた地面にこの花が一輪咲いているだけで、あたりがぱーっと明るくなります。水仙・ロウバイ・福寿草・・・・春先に咲く花はみんな「黄色」。これは何か意味があるのでしょうか?それとも人間が「寒い冬に一番あたたかく感じる花」を愛でたので、こうして何万年も残ってきたのでしょうか・・・・
 




 水仙だってちゃーんと咲いてました、こちらは保田とは違って黄水仙ですが。
 ニホンズイセンとは違って、派手ですね~これならナルキッソスという美青年が姿を変えた、という伝説が頷けますね。
 黄色の花シリーズ最後はちょっと苦しいけどネコヤナギです。春先になると川辺に咲くこの花・・・・毎年この花を見ると思い出す歌があります。それは天才バカボンの「柳の上にねこがいる~♪」じゃなくて、高石ともやさんの「光る花はネコヤナギ、春の日を待ちながら♪」という歌。学生時代、何故か西宮に住んでるくせに私はいつも夜ラジオでKBS京都を聴いてたんですよ。高石ともやさんとザ・ナターシャセブン、懐かしい~(>_<)あの頃のともやさんは本当に「頼れるアニキ」って感じでした。
 「受験生ブルース」うわぁ、多分今でも全部唄えます(笑)。
 そういえば今日から関東の小中学校のお受験が始まります。すぐに高校受験、そして3月に入ると国公立の大学も・・・・可哀想な受験生諸君よ!あと一息です頑張って!!
 今日はそういう受験生諸君にぴったりかも!おすすめの夜食?おせんべいを紹介します。
 この黒胡椒せんべい、写真のお仲間に分けて頂いたのですが、本当に美味しいです♪そのかたは「王監督がお好きなんだそうですよ~」と教えてくださいました。(HPはこちら
 実は私は知る人ぞ知る辛党、饅頭よりは煎餅が好きなタイプです。今までにも丹波の有名なお煎餅やらいろいろ取り寄せてみましたが、確かにとても美味しいのですが有名どころのはみんなお高い!
 この黒胡椒せんは、一袋ざっと2・30枚くらい入っていて300円しません。(ご家庭用)進物用は少しお高いのですが、家庭用で充分ですよ~(私が頂いたのもこのタイプ)ごく普通のスーパーで売ってるおせんべいより安いかも?
 ぱりぱりの薄皮煎餅になんと黒胡椒・・・・一瞬ミスマッチか?と思うのですが、食べ始めたら止められないおいしさ・・・・(>_<)
 関東地区以外の方はお取り寄せになってしまうようですが、一度お試しを!煎餅好きにはたまりませんよ~。私は早速津田沼店へ出かけて、買い込んで来ました。
ほくほく(*^_^*)


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